トモコヴォイス会報誌vol.68
「良心を貫く」
ー レ・ミゼラブルをみて -
年末に映画レ・ミゼラブルを見にいった。
この映画はミュージカルをもとに作られている。
映画はたくさんの歌と音楽で物語が進んでいく。
私はこのミュージカルを十二年前にはじめて
ロサンゼルスのダウンタウンで観た。
その音楽の美しさと歌う人の表現の素晴らしさに
感動したのを覚えている。
それから私はこのストーリーにはまっていった。
原作者のヴィクトル・ユゴーは今から百五十年前に
この話を書いた。
そんな昔の人の話が今でも感動を呼ぶのだなぁ。
ロサンゼルスのダウンタウンの日本の図書館から
原作六冊の長編を借りた。
貴重な日本語の本を手にできてとても嬉しかった。
ユゴーの本から、その時代のパリの街の様子、
パリの学生が募り、革命を語るカフェの様子など
人物の描写も細かく、情景も細かく伝わってきた。
私はこの本を読みながら、泣けてくるほどの
感動をした。
読み終えた時に、なぜこの本に感動するのだろうと、
人間はなぜこの本に心うたれるのだろうって
自分なりに考えた。
それはきっと、主人公のジャン・バルジャンの
生き方に感動するのだろう。
彼はひとつのパンを盗んだことで十九年も
牢獄生活を送ることとなった。
物語はその彼が仮釈放されるというところから
スタートする。
仮釈放の身なのにまた盗みを犯してしまう。
でもその時に出会った神父が彼を救う。
誰も信じない彼に愛情を注ぎ、改心させるのだ。
そこからジャン・バルジャンは聖人の如く生きようとしていく。
いろんなことが起きても自分の心の良心に問いかけ
良心を貫こうと生きていくのだ。
彼は自分の心に問いかける。
逃げてしまうか、立ち向かうか。
心には逃げたい気持ち、でも良心がそれをさせない、
逃げても自分は地獄に行くのだと良心によって理解できると、
潔く力強く正直に生きていこうとする。
良心の判断によって、今、生かされている自分が
成すべき道と信じ自信を持って進んでいけるのだ。
人間の中にある良心とはなんなのだろう。
辞書には
「自分のおこないに対して、善悪を判断する心のはたらき」
とあった。
誰しも生きていこうとすれば、良心と向き合い
自分の行動の選択をする時が必ずある。
いろんな人種が集まったロサンゼルスの街にひとり住んでいた私には、
どんな人間にも良心はある、違う土地、違う人種、違う文化の人間同士
でも共通する良心を人は持っていると感じることができていた。
心痛むとき、嬉しいと感じるとき、人間の心の変化や、感じ方は一緒だ。
私は音楽をいろんな人と演奏、歌ったりしていたからこそ、
それを体で感じられていたのかもしれない。
そんな誰もが持つ良心、それを貫こうと力強く生きる
ジャン・バルジャンの姿が、同じ良心を持つ人間の心に響くのだろう。
そんな物語をミュージカルで表現するって本当に
よくできたものだと感心する。
このミュージカルは1985年の初演以来、世界四十三ヶ国、
二十一ヶ国語で二十七年間、今も上演され続けている。
ミュージカルでは登場人物が心に感じたことを思いっきり歌う。
心の奥の変化も正直にさらけ出し歌うのだ。
歌は心で感じたことを表現するものと私は信じている。
人間の心、気持ちがそのまま音として出せる
唯一の楽器だと思っている。
他の楽器にはできないほど、正確に誠実に
声に心が投影される。
そんな歌だからこのレ・ミゼラブルに
ピッタリなのかもしれない。
歌だからできる伝え方がこの話に
合うのかもしれないなと思う。
それがまた映画になったことは、遠い舞台で歌っているのではなく
小さな音の息遣い、人間の表情が近くにあって、もっともっと心に響く、
ダイレクトに訴えてくるような感じになっていた。
人間の素晴らしさが伝わってくる。 いい映画だった。
tomoko
トモコヴォイス紙面会報誌 vol.68より
(2013年1月1日)